淵に立つ ― 2017年08月24日 10:52
こういう役柄やらせたら浅野忠信の右に出る者はいないんじゃないか、と思うほど、浅野忠信のはまり役。
でもお父さん役の古館寛治も、ものすごく良かった。
この男達がふたりきりになった時、お父さんの態度が、高校生くらいの若者の頃に戻るのである。そのことで二人の昔の関係性を如実に表してくれる。その演技が秀逸だった。
「淵に立つ」は日本の映画です。WOWOWで放送されていたのを観ました。去年、衝撃作と話題になっていたので。
以下、ネタバレを含んだ感想です。
浅野忠信と古館寛治、二人の男は、何となく似ている。しゃべり方とか、独善的なところとか。
一般的に、たいていの男の人は、かなり自分勝手というかひとりよがりというか、あんまり家族の女子供の気持ちを考えない。というか、何というか、自分の固定観念にとらわれすぎてて、本当の意味で相手の事を全く見ていないというか、相手の気持ちを考えようとしないというか、そういう人が多いと思う。
たまにそうでない人もいるけれども、昔の時代であればあるほど、家父長制の固定観念にとらわれて、幻想のあるべき父親像、こうあるはずだの女房像にゴリゴリに凝り固まって、結果として最も身近な存在であるはずの奥さんの本来の姿を全く見ておらず、意思の疎通が全くできていなかったりするように思う。
それでいて本人は気持ちが通じていると思い込んでいたりしてて、ある日突然熟年離婚を切り出されて面食らったりするんだよね。
おそらく、そういう男性像を二人の男が重なるように演じている。
浅野忠信が途中「私は4つの間違いをしていました」というような台詞を言うのだが、これはそっくりそのまんま古館寛治演じるお父さんに当てはまっている。
「娘が障害者になってしまうのも、自分達への罰だと思ったよ」とか「正直娘が障害者になってよかった。あの時から俺たちは本当の夫婦になれた」とか、そんな風なかんじの発露をしたお父さん。あまりの告白に呆れ、我を失いそうになるのを、必死に押さえ込もうとする奥さん。奥さんからすれば「はあ?」だろうし、映画を見てる側の私も、このお父さんの発言にはぞっとした。親の罪を子供が負うのか。おかげでようやく本当の夫婦になれただの、身勝手にもほどがある。あんたは良かったのかしらんけど、奥さんや子供からしたらたまったもんじゃない。どこまでいっても自分中心にしか物事が見れない。奥さんや子供はおまえの付属物じゃないんだぞ!と、強い反発感を覚えた。
親の罪を子供が償うべきなのか
これはこの映画に存在するもう一つのテーマだと思う。
私たちは考える。殺人を犯した人間を、ちゃんと刑務所で罪を償った人間なのだから、普通に接するべきなのか。どうしても警戒してしまう自分をこそ戒めるべきなのか。それとも、一度殺人を犯した人間はもう二度と信用してはいけないのか。信用すべきなのか。そんな人でも生きていかなくてはならない。更生のため手をかすべきなのではないか。でもその結果、自分も犯罪被害者になってしまう。
自分の一番大切なものを壊されて、それでも恨むことをしないでいられるのか。その男の息子を、全くの別人格なのだからと、平然と付き合うことができるのかどうか。
今週刊モーニングというまんが雑誌で連載している「テセウスの船」では、父親が犯したとされる罪のおかげで、その子供がまともな仕事にもつけず、せっかく仕事についてもあの父親の息子だとばれたとたん解雇される話からはじまっている。そんな物語を読むと、殺人を犯した父親と子供とは別人格なのだから、子供が自殺するしかない状況に追い込むなんてかわいそう、と思ってしまうけれども、「淵に立つ」の映画を観て犯罪被害にあった側に立つと、どうしたってむしずが走ってとうてい受け入れられるはずがない、父親の身代わりに息子を殺す、あるいは父親に自分と同じ苦しみを与えるために息子を殺したいと思う気持ちに共感してしまう。いやそんなこと、思っちゃダメ、と思う自分がいる。でも、この映画に出てくるお母さんのように、自分の一番大切な一人娘がひどい目にあったとしたら。。このお母さんが「いい人」でいられなくなったのと同様、自分も自信持てない。
きれいごと言って、いい人ぶっていられるのも、自分がまだその不幸にみまわれていないからこそなのか。。。
もしそのような不幸にみまわれても、それでも、かつて殺人を犯した人間を信じぬくことができ、自分の子供の人生を奪われても、犯人やその家族を殺したい気持ちを抑え込められるのだろうか。
それができてこそ、本当の「人格者」ということになるのだろうな。
平和の道はかくも遠く険しい。
でもお父さん役の古館寛治も、ものすごく良かった。
この男達がふたりきりになった時、お父さんの態度が、高校生くらいの若者の頃に戻るのである。そのことで二人の昔の関係性を如実に表してくれる。その演技が秀逸だった。
「淵に立つ」は日本の映画です。WOWOWで放送されていたのを観ました。去年、衝撃作と話題になっていたので。
以下、ネタバレを含んだ感想です。
浅野忠信と古館寛治、二人の男は、何となく似ている。しゃべり方とか、独善的なところとか。
一般的に、たいていの男の人は、かなり自分勝手というかひとりよがりというか、あんまり家族の女子供の気持ちを考えない。というか、何というか、自分の固定観念にとらわれすぎてて、本当の意味で相手の事を全く見ていないというか、相手の気持ちを考えようとしないというか、そういう人が多いと思う。
たまにそうでない人もいるけれども、昔の時代であればあるほど、家父長制の固定観念にとらわれて、幻想のあるべき父親像、こうあるはずだの女房像にゴリゴリに凝り固まって、結果として最も身近な存在であるはずの奥さんの本来の姿を全く見ておらず、意思の疎通が全くできていなかったりするように思う。
それでいて本人は気持ちが通じていると思い込んでいたりしてて、ある日突然熟年離婚を切り出されて面食らったりするんだよね。
おそらく、そういう男性像を二人の男が重なるように演じている。
浅野忠信が途中「私は4つの間違いをしていました」というような台詞を言うのだが、これはそっくりそのまんま古館寛治演じるお父さんに当てはまっている。
「娘が障害者になってしまうのも、自分達への罰だと思ったよ」とか「正直娘が障害者になってよかった。あの時から俺たちは本当の夫婦になれた」とか、そんな風なかんじの発露をしたお父さん。あまりの告白に呆れ、我を失いそうになるのを、必死に押さえ込もうとする奥さん。奥さんからすれば「はあ?」だろうし、映画を見てる側の私も、このお父さんの発言にはぞっとした。親の罪を子供が負うのか。おかげでようやく本当の夫婦になれただの、身勝手にもほどがある。あんたは良かったのかしらんけど、奥さんや子供からしたらたまったもんじゃない。どこまでいっても自分中心にしか物事が見れない。奥さんや子供はおまえの付属物じゃないんだぞ!と、強い反発感を覚えた。
親の罪を子供が償うべきなのか
これはこの映画に存在するもう一つのテーマだと思う。
私たちは考える。殺人を犯した人間を、ちゃんと刑務所で罪を償った人間なのだから、普通に接するべきなのか。どうしても警戒してしまう自分をこそ戒めるべきなのか。それとも、一度殺人を犯した人間はもう二度と信用してはいけないのか。信用すべきなのか。そんな人でも生きていかなくてはならない。更生のため手をかすべきなのではないか。でもその結果、自分も犯罪被害者になってしまう。
自分の一番大切なものを壊されて、それでも恨むことをしないでいられるのか。その男の息子を、全くの別人格なのだからと、平然と付き合うことができるのかどうか。
今週刊モーニングというまんが雑誌で連載している「テセウスの船」では、父親が犯したとされる罪のおかげで、その子供がまともな仕事にもつけず、せっかく仕事についてもあの父親の息子だとばれたとたん解雇される話からはじまっている。そんな物語を読むと、殺人を犯した父親と子供とは別人格なのだから、子供が自殺するしかない状況に追い込むなんてかわいそう、と思ってしまうけれども、「淵に立つ」の映画を観て犯罪被害にあった側に立つと、どうしたってむしずが走ってとうてい受け入れられるはずがない、父親の身代わりに息子を殺す、あるいは父親に自分と同じ苦しみを与えるために息子を殺したいと思う気持ちに共感してしまう。いやそんなこと、思っちゃダメ、と思う自分がいる。でも、この映画に出てくるお母さんのように、自分の一番大切な一人娘がひどい目にあったとしたら。。このお母さんが「いい人」でいられなくなったのと同様、自分も自信持てない。
きれいごと言って、いい人ぶっていられるのも、自分がまだその不幸にみまわれていないからこそなのか。。。
もしそのような不幸にみまわれても、それでも、かつて殺人を犯した人間を信じぬくことができ、自分の子供の人生を奪われても、犯人やその家族を殺したい気持ちを抑え込められるのだろうか。
それができてこそ、本当の「人格者」ということになるのだろうな。
平和の道はかくも遠く険しい。
FF15 新たなる王国 ― 2017年08月09日 14:02
これはスマホのアプリです。
PS4のゲームの方のファイナルファンタジー15は、とても楽しくプレイしたものの、その悲惨な展開に心を痛めたものです。
そこに突然、ノクトとルーナが並んで映っているバナー広告が目にとまりました。
確か朝日新聞のネットの記事についていた広告だったと思います。
新たなる王国、、、ここにいけば、ノクトとルーナが結婚して平和裏に国を統治する、
ありえたかもしれないもう一つの幸せな世界が?という期待を胸に、ついふらふらと
バナー広告をぽちってしまいました。
いざはじめてみると、英雄の顔とか、ちょいちょい出てくるチュートリアルの人物
とかはFF15のキャラクターだけれども、それ以外はまったくFF要素なし。
あと素材の名前やモンスターの名前に少々ある程度。
ゲームの内容も全然まったくちっともさっぱりFF15じゃない。
設定から何から全然違うゲームだった。
指アイコンに指示されるがまま、ただぽちぽちとタッチしていくだけで進む。
「クエスト」というのがあって、それを押したからといって何がおきるでもない。
ただ時間ゲージが出てきて、時間になったら「クエスト完了」となるだけ。
えっ?!これがゲーム!?これのいったい何が面白いの????
わけもわからず、とにかくぽちぽちタッチして何らかの施設を建設していって、
資材がなくなって建設できなくなったらやめて、また翌日ぽちぽちして建設して。
いったいこれの何が面白いのか、と思っていたところに、突然、寝てる間に。
どこぞから攻撃をされてて、知らぬ間に敗北していた。
せっかく育てて増やしてた兵士も死に、何やら物資もごっそり持っていかれたらしい。
くやしい。
ここで私の心に火がついた。とにかく、より高いレベルの兵士を作り、
敵がきてもそこに入れておけば決して盗まれない倉庫の容量を増やさなければ。
ところがよりレベルの高い兵士を作るには、ものすごい資材が必要。
しかも、領土内にある生産施設には、施設レベルと数に応じて、ある一定量まで
いくと生産がストップするという仕組みになっている。
のんびり待っているだけで達する代物ではないらしい。
いったいどうすれば、、、、と思っているうちに、同じギルドの人から支援物資を
いただく。しかもその当時の私からしたら夢のような大量な物資が。
そこから親しくなって、同じギルドの人たちとのチャットも盛んに行われるようになった。
すごく楽しい。
そうこうしているうちに、同じギルドのチャット仲間の城が襲われ、英雄が捕らえられた。
これは是非助け出さなければ!援軍出しますよ、と言ったものの、敵は強大で、
私たち3軍団があわさっても、桁が1つも2つもちがう数の軍隊を持つ相手らしい。
私としては、どうせ無料で無課金ではじめたゲームだし、すべてを失ってもいいつもりで
全軍差し出すつもりでいたのですが、その一方で、脳裏をかすめたのが先の太平洋戦争
における日本軍の大敗、勝てない戦争は無謀なだけである。せめて、兵士のレベルを1から2に
アップさせて、軍備をレベルアップさせてから救出に行くべきではないか。
そのようなプランで、だいたい4人の仲間と資材を集中的に一人に集めては目標達成させる
というのをじゅんぐりに行って、兵士レベル2の兵士もようやくそろってきたので
いよいよ初陣か、といったところで捕らえられた英雄が解放され、出陣する必要がなくなった。
レベルがさほど高くない人の英雄は3日たてば自然と解放されるシステムなのだそうだ。
だが、レベル20だか22だか以上になると、救出に行かない限り英雄は捕らえられたままだし、
しかもその英雄は追放される(殺される)こともあるらしい。
さらにもっと低いレベル、レベル15以下の人の英雄は、決して捕らえられることがないらしい。
そうだったのか。。。なんで私の英雄は捕らえられなかったのかというと、まだ私がレベル14以下
だったからだったのか。。。。
なんだかなんにもしてないのに、ただ資源の支援をしてもらって、とうてい一人では到達できない
兵士レベルを上げることができて、もらうだけもらって何も貢献してなくて申し訳ないなと思った。
その後も、物資を支援したりされたりを繰り返して、とんてんかんとんてんかん施設をあげて
どんどん城が大きくなり、私の城も、とうとうレベル15になりました。
そんな平和な日も長くは続かず、ある日突然、我々のギルドの集落の真ん中に、
別なギルドの人の城がテレポートしてきて、私たちのギルドの城をはしから順番に、
しかもすべての資源をうばいきるまで何度も何度も連続攻撃してきました。
あたりは火の海。なんでそんなひどいことをするのか。
でもじっと我慢していたらそのうちいなくなるだろうと耐えていたのですが、
いっこうにおさまる気配もない。翌日も律儀に襲撃してきた。
敵に奪われるくらいなら同じギルドの人にあげた方がましだ。
倉庫で確保できない分はすべて仲間に送り、兵士も留守にして、つねにすっからかんにしておき、
たとえ襲撃されたとしても、ただのひとつの物資も奪えず、ただの一人の兵士も殺されないように
しておきました。でも、夜寝てる間、外に出していた兵士がうっかり城に帰ってきたときに襲撃されてて、
兵の半分と物資をがっつり奪われてしまった。
この度重なる襲撃に心がおれる仲間が続出。次々場所を移動し、ギルドを離れるものも。
私も、もうここからよそに移動しよう。その前に、このまま大人しく襲われたままでは嫌だ!
少しでも抵抗がしたい。
というわけで、今ある軍隊を総動員して格上の城に攻撃をしました。
これが私の初陣でした。
ところが、城を火の海にするどころか、ぷしゅっと少し煙がたっただけで、
またたく間に敗戦。バトルの後送られてくるレポートをみると、トラップを多少
壊した程度で、ただの一人も傷つけることすらできなかった。
半分に減った兵を、また攻撃に出した。そしたら「これは正義ではない」というような
メッセージが出て、我が英雄が捕らえられてしまった。
そしてランダムテレポートしてどこかわからない場所に城を移動させた。
ここから新たな生活がはじまる。
と思っていたら、我が城の近隣の城からいきなり攻撃を受けて、物資をごっそり
もってかれた。そして翌日も、翌日も。
我が領土はその頃には日々余剰が出るほど生産されてたので、からにして夜寝ても
明け方には倉庫からあふれるほどの物資になってしまっていたので、向こうからしたら
とてもよいカモが向こうからやってきたといったところだったことでしょう。
そこで完全にやる気を失い、もう本当にこのゲーム自体やめよう、でもその前に、
蓄財をすべてなげうって、増兵できるだけして、一発殴りかかってやろう、と思い、
短時間のうちに兵を何倍にも増やして、攻撃ブーストも使って、いよいよ反撃してみた。
そしたら、またまた大敗。わずか数千残った兵を動員してもう一度攻撃。
目も当てられないほどの大敗、兵が全滅したのでレポートすら届かない惨状。
そして私は、今までこつこつと築き挙げてきた生産施設を、ひとつひとつ、
これまたこつこつ蓄えてきたアイテムを使ってすみやかに全部、本当に全部
潰しました。ざまあみろ。これでいくら攻撃しても得るものがないぞ。
そんな状態を作り上げて、もうログインしない!と思ってログアウトした。
もう決して戻ってこない。
抜け殻になって攻撃してもなんにもならない城を虚しく攻撃し続けるがいいさ。
さあさあ、そんな輩にはもうかまってられないわ。
何しろ私はドラクエで忙しいんだ。
そんなある日、ザ・リフレクションという、まるでX-menのようなアニメを見てるうちに、
こんな小さな女の子が強大な敵に果敢に立ち向かっているのに私ときたら。
このまま逃げてちゃダメだ!強くならなければ、という気持ちがふつふつとこみ上げてきて、
戻ってまいりました。
でも、兵士はゼロ、生産施設もゼロ、すべてがゼロからのスタート。
東京空襲で焼け野原になった東京に立って呆然としている人のような気分でいます。
さて、どこからどう再建しようか。。。
気分はゲームオブスローンズのサンサですよ。
まあこのゲームは、シムシティみたいなゲームなのではなく、
ゲームオブスローンズみたいなゲームなんですね。
どうやら元はモバストらしい。
ネットで調べたモバストのスクリーンショットと全く一緒すぎて笑った。
これが私が熱心に毎日やるようになったはじめてのスマホアプリゲームです。
追記:あと、ちょっと感じているのは、このゲーム、女性のプレイヤーが多いんじゃないかしら?ということ。FFの女性人気なのか、何なのか、わかりませんけど。
あるいはチャットを積極的にやる人に女性が多いということなのかもしれないけど。
PS4のゲームの方のファイナルファンタジー15は、とても楽しくプレイしたものの、その悲惨な展開に心を痛めたものです。
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新たなる王国、、、ここにいけば、ノクトとルーナが結婚して平和裏に国を統治する、
ありえたかもしれないもう一つの幸せな世界が?という期待を胸に、ついふらふらと
バナー広告をぽちってしまいました。
いざはじめてみると、英雄の顔とか、ちょいちょい出てくるチュートリアルの人物
とかはFF15のキャラクターだけれども、それ以外はまったくFF要素なし。
あと素材の名前やモンスターの名前に少々ある程度。
ゲームの内容も全然まったくちっともさっぱりFF15じゃない。
設定から何から全然違うゲームだった。
指アイコンに指示されるがまま、ただぽちぽちとタッチしていくだけで進む。
「クエスト」というのがあって、それを押したからといって何がおきるでもない。
ただ時間ゲージが出てきて、時間になったら「クエスト完了」となるだけ。
えっ?!これがゲーム!?これのいったい何が面白いの????
わけもわからず、とにかくぽちぽちタッチして何らかの施設を建設していって、
資材がなくなって建設できなくなったらやめて、また翌日ぽちぽちして建設して。
いったいこれの何が面白いのか、と思っていたところに、突然、寝てる間に。
どこぞから攻撃をされてて、知らぬ間に敗北していた。
せっかく育てて増やしてた兵士も死に、何やら物資もごっそり持っていかれたらしい。
くやしい。
ここで私の心に火がついた。とにかく、より高いレベルの兵士を作り、
敵がきてもそこに入れておけば決して盗まれない倉庫の容量を増やさなければ。
ところがよりレベルの高い兵士を作るには、ものすごい資材が必要。
しかも、領土内にある生産施設には、施設レベルと数に応じて、ある一定量まで
いくと生産がストップするという仕組みになっている。
のんびり待っているだけで達する代物ではないらしい。
いったいどうすれば、、、、と思っているうちに、同じギルドの人から支援物資を
いただく。しかもその当時の私からしたら夢のような大量な物資が。
そこから親しくなって、同じギルドの人たちとのチャットも盛んに行われるようになった。
すごく楽しい。
そうこうしているうちに、同じギルドのチャット仲間の城が襲われ、英雄が捕らえられた。
これは是非助け出さなければ!援軍出しますよ、と言ったものの、敵は強大で、
私たち3軍団があわさっても、桁が1つも2つもちがう数の軍隊を持つ相手らしい。
私としては、どうせ無料で無課金ではじめたゲームだし、すべてを失ってもいいつもりで
全軍差し出すつもりでいたのですが、その一方で、脳裏をかすめたのが先の太平洋戦争
における日本軍の大敗、勝てない戦争は無謀なだけである。せめて、兵士のレベルを1から2に
アップさせて、軍備をレベルアップさせてから救出に行くべきではないか。
そのようなプランで、だいたい4人の仲間と資材を集中的に一人に集めては目標達成させる
というのをじゅんぐりに行って、兵士レベル2の兵士もようやくそろってきたので
いよいよ初陣か、といったところで捕らえられた英雄が解放され、出陣する必要がなくなった。
レベルがさほど高くない人の英雄は3日たてば自然と解放されるシステムなのだそうだ。
だが、レベル20だか22だか以上になると、救出に行かない限り英雄は捕らえられたままだし、
しかもその英雄は追放される(殺される)こともあるらしい。
さらにもっと低いレベル、レベル15以下の人の英雄は、決して捕らえられることがないらしい。
そうだったのか。。。なんで私の英雄は捕らえられなかったのかというと、まだ私がレベル14以下
だったからだったのか。。。。
なんだかなんにもしてないのに、ただ資源の支援をしてもらって、とうてい一人では到達できない
兵士レベルを上げることができて、もらうだけもらって何も貢献してなくて申し訳ないなと思った。
その後も、物資を支援したりされたりを繰り返して、とんてんかんとんてんかん施設をあげて
どんどん城が大きくなり、私の城も、とうとうレベル15になりました。
そんな平和な日も長くは続かず、ある日突然、我々のギルドの集落の真ん中に、
別なギルドの人の城がテレポートしてきて、私たちのギルドの城をはしから順番に、
しかもすべての資源をうばいきるまで何度も何度も連続攻撃してきました。
あたりは火の海。なんでそんなひどいことをするのか。
でもじっと我慢していたらそのうちいなくなるだろうと耐えていたのですが、
いっこうにおさまる気配もない。翌日も律儀に襲撃してきた。
敵に奪われるくらいなら同じギルドの人にあげた方がましだ。
倉庫で確保できない分はすべて仲間に送り、兵士も留守にして、つねにすっからかんにしておき、
たとえ襲撃されたとしても、ただのひとつの物資も奪えず、ただの一人の兵士も殺されないように
しておきました。でも、夜寝てる間、外に出していた兵士がうっかり城に帰ってきたときに襲撃されてて、
兵の半分と物資をがっつり奪われてしまった。
この度重なる襲撃に心がおれる仲間が続出。次々場所を移動し、ギルドを離れるものも。
私も、もうここからよそに移動しよう。その前に、このまま大人しく襲われたままでは嫌だ!
少しでも抵抗がしたい。
というわけで、今ある軍隊を総動員して格上の城に攻撃をしました。
これが私の初陣でした。
ところが、城を火の海にするどころか、ぷしゅっと少し煙がたっただけで、
またたく間に敗戦。バトルの後送られてくるレポートをみると、トラップを多少
壊した程度で、ただの一人も傷つけることすらできなかった。
半分に減った兵を、また攻撃に出した。そしたら「これは正義ではない」というような
メッセージが出て、我が英雄が捕らえられてしまった。
そしてランダムテレポートしてどこかわからない場所に城を移動させた。
ここから新たな生活がはじまる。
と思っていたら、我が城の近隣の城からいきなり攻撃を受けて、物資をごっそり
もってかれた。そして翌日も、翌日も。
我が領土はその頃には日々余剰が出るほど生産されてたので、からにして夜寝ても
明け方には倉庫からあふれるほどの物資になってしまっていたので、向こうからしたら
とてもよいカモが向こうからやってきたといったところだったことでしょう。
そこで完全にやる気を失い、もう本当にこのゲーム自体やめよう、でもその前に、
蓄財をすべてなげうって、増兵できるだけして、一発殴りかかってやろう、と思い、
短時間のうちに兵を何倍にも増やして、攻撃ブーストも使って、いよいよ反撃してみた。
そしたら、またまた大敗。わずか数千残った兵を動員してもう一度攻撃。
目も当てられないほどの大敗、兵が全滅したのでレポートすら届かない惨状。
そして私は、今までこつこつと築き挙げてきた生産施設を、ひとつひとつ、
これまたこつこつ蓄えてきたアイテムを使ってすみやかに全部、本当に全部
潰しました。ざまあみろ。これでいくら攻撃しても得るものがないぞ。
そんな状態を作り上げて、もうログインしない!と思ってログアウトした。
もう決して戻ってこない。
抜け殻になって攻撃してもなんにもならない城を虚しく攻撃し続けるがいいさ。
さあさあ、そんな輩にはもうかまってられないわ。
何しろ私はドラクエで忙しいんだ。
そんなある日、ザ・リフレクションという、まるでX-menのようなアニメを見てるうちに、
こんな小さな女の子が強大な敵に果敢に立ち向かっているのに私ときたら。
このまま逃げてちゃダメだ!強くならなければ、という気持ちがふつふつとこみ上げてきて、
戻ってまいりました。
でも、兵士はゼロ、生産施設もゼロ、すべてがゼロからのスタート。
東京空襲で焼け野原になった東京に立って呆然としている人のような気分でいます。
さて、どこからどう再建しようか。。。
気分はゲームオブスローンズのサンサですよ。
まあこのゲームは、シムシティみたいなゲームなのではなく、
ゲームオブスローンズみたいなゲームなんですね。
どうやら元はモバストらしい。
ネットで調べたモバストのスクリーンショットと全く一緒すぎて笑った。
これが私が熱心に毎日やるようになったはじめてのスマホアプリゲームです。
追記:あと、ちょっと感じているのは、このゲーム、女性のプレイヤーが多いんじゃないかしら?ということ。FFの女性人気なのか、何なのか、わかりませんけど。
あるいはチャットを積極的にやる人に女性が多いということなのかもしれないけど。
福島ー宇都宮鈍行の旅 ― 2017年07月28日 10:17
もう何十年ぶりに宇都宮から福島まで鈍行で帰ってみました。
けっこう楽しかった。楽しかったし、いろいろ気がついたり
思ったりしたことがあったので、以下に記すことにする。
(1)
すごく昔は一本でいけたのが、やがて黒磯どまりになって、
のりかえしなければたどりつけなくなってしまって、不便だし、
黒磯でうんと待つしで、それ以来、ほとんど使ってなかった。
今回は、旦那の出勤に便乗して駅までつれてってもらう都合で
朝8時半に宇都宮駅出発せざるおえないことになってるのに、
福島での用事は昼からだったので、早くついてもしょうがないなあ、
ということで、久しぶりに鈍行で行ってみようということにしたのだ。
そしたら、いまどきは2回も乗り換えなければいけないことになっていた!
まず宇都宮ー黒磯、それから黒磯ー郡山、そして郡山ー福島。
だいたい各1時間ずつ乗車しては乗り換えをしなければならない。
1回乗り換えだけでも面倒くさいのに2回も乗り換えあるなんて!
と、あやうく挫折しそうになったけど、いざ行ってみたらかえっていいくらいだった。
ずっと電車のシートに座ってると腰が痛くなりかねないので、
1時間ごとに立ちあがって歩くのは、これはこれで丁度良いかんじ。
しかしながら、宇都宮から東京をこえて熱海まで、4時間も!
乗り換えなしでいけるようになったというのに。
北上する方向はこんなにこまぎれにするなんて。
何だか理不尽なような、みもふたもないような、非情な切り捨てのような、
それが商売の原理のような、複雑な気持ち。
(2)
シートは、前はボックス席の多い車両が主に走っていたのだけれども、
今や全部、東京の通勤電車と同じ横ロング席。
これでは旅をしながら駅弁を楽しむわけにもいかない。
まあ乗車時間1時間なのだから、弁当開いて食べたかと思ったら
到着してしまう乗車時間しかなくて、弁当どころではないのだろうけど。
あと、福島を走ってる車両が「ワンマン電車」とか書かれてて、
「ワンマン?ワンマンバスならともかく、電車でワンマンって?」と思った。
ようするに車掌さんなしの運転手一人だけですよってことなんでしょうか。
それだけならわかるけど、なんか、電車に乗るとき整理券を取ってください
とさかんにアナウンスしてる。でも乗り込むとき整理券なんて出てなかったし、
見てた限り誰も整理券なんて取ってなかった。
しかも、なんか運転席の隣に、バスにあるのと同じような料金表の
電光掲示板がある!そして、バスにあるのと同じような料金投入マシンがある!!
しかしながら、この料金投入マシン、いったいいつ活躍するのだろうか。謎だ。
電光掲示板の表示も、はたして何か有効な料金情報を表示しているのか不明。
ドアがボタンを押して開いたり閉じたりするのは、始発から乗り込んで待ってる間も
冷房の冷気が逃げなくてとってもいいね!
(3)
お天気もよく、ジリジリ暑い日、キンキンに冷えた車内はとっても快適。
一歩外に出ようものならむわっと暑くてやんなっちゃうけど、車内からは
余裕っぷりで外の景色を楽しめちゃう。
この季節は外の緑がとってもきれい。
矢板のあたりも広がる水田が素敵なんだけれども、一番素敵だったのは
黒磯ー郡山間。
黒磯から白河の間はえんえんと山の緑が続いた合間に水田が見えて、
そしてまた緑、緑。何もないところがいい。田舎の風景とってもいい!
気持ちいい。なかなか楽しめた。
白河駅も素敵だった。左の窓からは白河城が見えて、
右の窓からはとっても整備された美術館の庭みたいなきれいなグリーンが見える。
なにやらモダンな建物があるのですが、あれはいったい何の建物なのでしょう。
あと、鏡石の駅もよかった。線路に面して駐車場があって、線路と駐車場の境に
牛の人形がぽこぽこあったり、ミニチュアの風車があったり。かわいいー
なにか鏡石は乳牛か何かが名産なのでしょうか?
(4)
帰り道、福島駅に到着したときに丁度良い時間の鈍行があったので
帰りも鈍行に乗ったのですが、郡山で30分くらい待つから
それなら郡山から新幹線に乗ろうかな、と思って料金をみてみたら、
なんと、福島から乗ったときとかわらない新幹線料金だった!
ええー、そしたら福島から新幹線乗らなかったのが馬鹿みたい!
ってことになるから意地でも乗るわけにはいかない。
ということで、結局全行程鈍行で帰りました。
ここで料金について整理してみましょう。
宇都宮ー福島間
乗車料金は、3020円。(いつの間に3千円超えることになったのか)
新幹線代は2590円。つまり新幹線で行くと5610円かかる。
郡山ー宇都宮間の新幹線代は2590円。福島ー宇都宮間と同じ料金。
ところが、郡山ー宇都宮の乗車料金は1940円。(えっ!千円以上違う?!)
ちなみに、福島ー郡山間の乗車券は840円。(えっ!差額が千円以下!?)
ということは、鈍行で行く場合は、どうしたって郡山で30分前後待つはめに
なるのだから、宇都宮ー郡山の切符を買って、郡山でいったん降りる。
せっかくだから郡山の繁華街とか東北書店とかのぞいてみたりしてぶらぶらして、
それから郡山ー福島の切符を買ってまた駅に入るのが良いということだ。
そうすると2780円ですむことになる。
つか、料金なんか間違ってるんじゃないの?
たまにあるよね、料金多くとってたとかって。大丈夫なの?これで正しいの??
けっこう楽しかった。楽しかったし、いろいろ気がついたり
思ったりしたことがあったので、以下に記すことにする。
(1)
すごく昔は一本でいけたのが、やがて黒磯どまりになって、
のりかえしなければたどりつけなくなってしまって、不便だし、
黒磯でうんと待つしで、それ以来、ほとんど使ってなかった。
今回は、旦那の出勤に便乗して駅までつれてってもらう都合で
朝8時半に宇都宮駅出発せざるおえないことになってるのに、
福島での用事は昼からだったので、早くついてもしょうがないなあ、
ということで、久しぶりに鈍行で行ってみようということにしたのだ。
そしたら、いまどきは2回も乗り換えなければいけないことになっていた!
まず宇都宮ー黒磯、それから黒磯ー郡山、そして郡山ー福島。
だいたい各1時間ずつ乗車しては乗り換えをしなければならない。
1回乗り換えだけでも面倒くさいのに2回も乗り換えあるなんて!
と、あやうく挫折しそうになったけど、いざ行ってみたらかえっていいくらいだった。
ずっと電車のシートに座ってると腰が痛くなりかねないので、
1時間ごとに立ちあがって歩くのは、これはこれで丁度良いかんじ。
しかしながら、宇都宮から東京をこえて熱海まで、4時間も!
乗り換えなしでいけるようになったというのに。
北上する方向はこんなにこまぎれにするなんて。
何だか理不尽なような、みもふたもないような、非情な切り捨てのような、
それが商売の原理のような、複雑な気持ち。
(2)
シートは、前はボックス席の多い車両が主に走っていたのだけれども、
今や全部、東京の通勤電車と同じ横ロング席。
これでは旅をしながら駅弁を楽しむわけにもいかない。
まあ乗車時間1時間なのだから、弁当開いて食べたかと思ったら
到着してしまう乗車時間しかなくて、弁当どころではないのだろうけど。
あと、福島を走ってる車両が「ワンマン電車」とか書かれてて、
「ワンマン?ワンマンバスならともかく、電車でワンマンって?」と思った。
ようするに車掌さんなしの運転手一人だけですよってことなんでしょうか。
それだけならわかるけど、なんか、電車に乗るとき整理券を取ってください
とさかんにアナウンスしてる。でも乗り込むとき整理券なんて出てなかったし、
見てた限り誰も整理券なんて取ってなかった。
しかも、なんか運転席の隣に、バスにあるのと同じような料金表の
電光掲示板がある!そして、バスにあるのと同じような料金投入マシンがある!!
しかしながら、この料金投入マシン、いったいいつ活躍するのだろうか。謎だ。
電光掲示板の表示も、はたして何か有効な料金情報を表示しているのか不明。
ドアがボタンを押して開いたり閉じたりするのは、始発から乗り込んで待ってる間も
冷房の冷気が逃げなくてとってもいいね!
(3)
お天気もよく、ジリジリ暑い日、キンキンに冷えた車内はとっても快適。
一歩外に出ようものならむわっと暑くてやんなっちゃうけど、車内からは
余裕っぷりで外の景色を楽しめちゃう。
この季節は外の緑がとってもきれい。
矢板のあたりも広がる水田が素敵なんだけれども、一番素敵だったのは
黒磯ー郡山間。
黒磯から白河の間はえんえんと山の緑が続いた合間に水田が見えて、
そしてまた緑、緑。何もないところがいい。田舎の風景とってもいい!
気持ちいい。なかなか楽しめた。
白河駅も素敵だった。左の窓からは白河城が見えて、
右の窓からはとっても整備された美術館の庭みたいなきれいなグリーンが見える。
なにやらモダンな建物があるのですが、あれはいったい何の建物なのでしょう。
あと、鏡石の駅もよかった。線路に面して駐車場があって、線路と駐車場の境に
牛の人形がぽこぽこあったり、ミニチュアの風車があったり。かわいいー
なにか鏡石は乳牛か何かが名産なのでしょうか?
(4)
帰り道、福島駅に到着したときに丁度良い時間の鈍行があったので
帰りも鈍行に乗ったのですが、郡山で30分くらい待つから
それなら郡山から新幹線に乗ろうかな、と思って料金をみてみたら、
なんと、福島から乗ったときとかわらない新幹線料金だった!
ええー、そしたら福島から新幹線乗らなかったのが馬鹿みたい!
ってことになるから意地でも乗るわけにはいかない。
ということで、結局全行程鈍行で帰りました。
ここで料金について整理してみましょう。
宇都宮ー福島間
乗車料金は、3020円。(いつの間に3千円超えることになったのか)
新幹線代は2590円。つまり新幹線で行くと5610円かかる。
郡山ー宇都宮間の新幹線代は2590円。福島ー宇都宮間と同じ料金。
ところが、郡山ー宇都宮の乗車料金は1940円。(えっ!千円以上違う?!)
ちなみに、福島ー郡山間の乗車券は840円。(えっ!差額が千円以下!?)
ということは、鈍行で行く場合は、どうしたって郡山で30分前後待つはめに
なるのだから、宇都宮ー郡山の切符を買って、郡山でいったん降りる。
せっかくだから郡山の繁華街とか東北書店とかのぞいてみたりしてぶらぶらして、
それから郡山ー福島の切符を買ってまた駅に入るのが良いということだ。
そうすると2780円ですむことになる。
つか、料金なんか間違ってるんじゃないの?
たまにあるよね、料金多くとってたとかって。大丈夫なの?これで正しいの??
ひとりで作業をやることについて ― 2015年05月31日 13:02
「えりちん」というマンガ家の描いた「描かないマンガ家」を
読んで、いくぶんリフレッシュした。結局、やるしかないのだ、
ってことなのだよ。
私のはマンガではないけれども、一人でコツコツアプリ作り
してて、ここはもうちょっとこうした方が、と思う反面、
そんなに凝ったってどうせ誰もダウンロードしてくれやしない。
誰もみないものになんでこんなに労力払わなきゃならないの、
とりあえずえいやでいいんでないの、という考えが頭をよぎる。
本当はちょっとした遊びプロジェクトのつもりだったのだが、
実際本当にたわいもない何のことはない何の意味もない
アプリなのだけれども、それが予想外に時間がかかってしまって。
4月中に何とかリリースしようと思って、休日も寝る暇も削って
それこそ私の全てのリソースを削って、プライベートの時間を
アプリ製作のみに費やしたができなくて、ゴールデンウィーク中に
とりあえず完成までこぎつけようと思って、ゴールデンウィークの
全てをアプリ作りに捧げて、それでもなおまだ全然、半分も完成
した気がしない。いったいなんでこんなことになってしまったのか...
こんな自分のリソースの全てをかけた趣味のアプリ作りが
長く続くわけもなく、1ヶ月が集中力の限界である。
というか、1ヶ月間も一つの作業に没頭してしまうと、
録り貯めたアニメもそろそろ見ていかないとHDがパンパンに
なってしまうし、積まれた読んでないマンガ雑誌もいいかげん
地震で崩れてしまう。そしてネットにも殆どアクセスしてなかった
おかげで、競馬ラボのニコ生桜花賞前特番も見逃してしまって
いたじゃないか!
と、いいかげん日常生活に支障が出てきてしまうので、
現実に引き戻されざるおえなくなるのが、だいたい1ヶ月なのだ。
いいかげん掃除もしなくちゃならなくなるし。
一人コツコツ作業するアプリ作りはものすごく楽しくて、
作業している瞬間はものすごく楽しい。
でも、そんな全精力を傾けた作業期間が一ヶ月も続くと、
いいかげん、自分でも「こんなに私の全てを犠牲にして
作ったところで、どうせ世に出したとしても、誰の目にも
ふれないだろうし、よしんばダウンロードされたところで、
けちょんけちょんに酷評されるだけなんだよな。そんな
もののために、私の全てを犠牲にして、こんなものに
かける意味があるのだろうか」と自問自答してきてしまう。
じゃあアプリ作りだけじゃなくてアニメみたり本読んだり
他のことも行って、余った時間でちょこちょこ作業すれば
いいじゃん、と思っても、そんな器用なことができる人間
であれば、最初から悩まないよ。一つのことをやると
それしかしなくなってしまうのが私の悪い癖。
趣味なんてそんなもんだよ、結局自己満足に過ぎないものだ、
デアゴスティーニの和風ドールハウスを完成させた時も、
いったいこの作業に何の意味があるのかといえば、
全く意味もない。誰かに見せて自慢することもないし、
そもそも家に招待できるような友達すらいない。
(たまたま家に遊びにきた家族に見せるくらい)
でも、アプリ作りの比じゃないほどの労力を費やし、
殆ど体を壊すほど没頭した。
それに比べたら、アプリはまだ、友達とかに見て
もらえる可能性が高い分だけいいじゃないか、
より多くの人に見てもらうためには、
より多くの友達がいなくては、と思ってはたと気がつく、
自分には、はたして友達がいるのかという問題。
残念ながら私は友達千人いるタイプではない。
アプリ作りに没頭しててネットにアクセスすら
してなかったがためにはっと気がつくと
もう、ネットの友達すらいなくなっていた...
突如襲われる強烈な孤独感。
将来への不安。
そんな時、かねてより気になってダウンロードしていたものの
まだ読んでいなかった「描かないマンガ家」を読んでみる。
主人公の、あの焦燥感、あの孤独感、わかるような気がした。
作品を作り出すというのは、結局、そういうものとの
戦いになるのだ。
結局、コツコツと作業するしかないのよねえ。
という気持ちになれて、ちょっとふっきれた。
でもまあ、いくら何でもできすぎ、世の中こんなに
うまくいくわけないわさ、と思ったり。とはいえ、物語とは、
人を鼓舞する役割もあるわけで、人に生きる希望を
持たせるためには、そうせざるおえないのでは、と
思いつつ、いやいや、それはやっぱりまた、
そんな努力が足りない自分への言い訳にすぎないのだ、
と思い直してみたり、など。
(正直、なにをどうすれば売れるかの法則がわかっていれば
苦労はせんよ。こっちはミニスカートはかせた女の子を出せば
視聴率があがるテレビ番組みたいな事はできないのだよ。)
まあ私が、日常生活に支障をきたさない程度に、ほどほどに
趣味に没頭しないようにできればいいだけの話なんですけどね。
はやく作り終えて自由になりたい、はやく録り貯めたアニメを
消化したい、本も読みたい、色々やることたまってる、
それをやるためには、まずは目の前のこれをかたつけないと、
と思うから、つい、全てを犠牲にしてそればかり
やってしまうのです。
それが、まさか、こんなに時間がかかることになるとは...トホホ
読んで、いくぶんリフレッシュした。結局、やるしかないのだ、
ってことなのだよ。
私のはマンガではないけれども、一人でコツコツアプリ作り
してて、ここはもうちょっとこうした方が、と思う反面、
そんなに凝ったってどうせ誰もダウンロードしてくれやしない。
誰もみないものになんでこんなに労力払わなきゃならないの、
とりあえずえいやでいいんでないの、という考えが頭をよぎる。
本当はちょっとした遊びプロジェクトのつもりだったのだが、
実際本当にたわいもない何のことはない何の意味もない
アプリなのだけれども、それが予想外に時間がかかってしまって。
4月中に何とかリリースしようと思って、休日も寝る暇も削って
それこそ私の全てのリソースを削って、プライベートの時間を
アプリ製作のみに費やしたができなくて、ゴールデンウィーク中に
とりあえず完成までこぎつけようと思って、ゴールデンウィークの
全てをアプリ作りに捧げて、それでもなおまだ全然、半分も完成
した気がしない。いったいなんでこんなことになってしまったのか...
こんな自分のリソースの全てをかけた趣味のアプリ作りが
長く続くわけもなく、1ヶ月が集中力の限界である。
というか、1ヶ月間も一つの作業に没頭してしまうと、
録り貯めたアニメもそろそろ見ていかないとHDがパンパンに
なってしまうし、積まれた読んでないマンガ雑誌もいいかげん
地震で崩れてしまう。そしてネットにも殆どアクセスしてなかった
おかげで、競馬ラボのニコ生桜花賞前特番も見逃してしまって
いたじゃないか!
と、いいかげん日常生活に支障が出てきてしまうので、
現実に引き戻されざるおえなくなるのが、だいたい1ヶ月なのだ。
いいかげん掃除もしなくちゃならなくなるし。
一人コツコツ作業するアプリ作りはものすごく楽しくて、
作業している瞬間はものすごく楽しい。
でも、そんな全精力を傾けた作業期間が一ヶ月も続くと、
いいかげん、自分でも「こんなに私の全てを犠牲にして
作ったところで、どうせ世に出したとしても、誰の目にも
ふれないだろうし、よしんばダウンロードされたところで、
けちょんけちょんに酷評されるだけなんだよな。そんな
もののために、私の全てを犠牲にして、こんなものに
かける意味があるのだろうか」と自問自答してきてしまう。
じゃあアプリ作りだけじゃなくてアニメみたり本読んだり
他のことも行って、余った時間でちょこちょこ作業すれば
いいじゃん、と思っても、そんな器用なことができる人間
であれば、最初から悩まないよ。一つのことをやると
それしかしなくなってしまうのが私の悪い癖。
趣味なんてそんなもんだよ、結局自己満足に過ぎないものだ、
デアゴスティーニの和風ドールハウスを完成させた時も、
いったいこの作業に何の意味があるのかといえば、
全く意味もない。誰かに見せて自慢することもないし、
そもそも家に招待できるような友達すらいない。
(たまたま家に遊びにきた家族に見せるくらい)
でも、アプリ作りの比じゃないほどの労力を費やし、
殆ど体を壊すほど没頭した。
それに比べたら、アプリはまだ、友達とかに見て
もらえる可能性が高い分だけいいじゃないか、
より多くの人に見てもらうためには、
より多くの友達がいなくては、と思ってはたと気がつく、
自分には、はたして友達がいるのかという問題。
残念ながら私は友達千人いるタイプではない。
アプリ作りに没頭しててネットにアクセスすら
してなかったがためにはっと気がつくと
もう、ネットの友達すらいなくなっていた...
突如襲われる強烈な孤独感。
将来への不安。
そんな時、かねてより気になってダウンロードしていたものの
まだ読んでいなかった「描かないマンガ家」を読んでみる。
主人公の、あの焦燥感、あの孤独感、わかるような気がした。
作品を作り出すというのは、結局、そういうものとの
戦いになるのだ。
結局、コツコツと作業するしかないのよねえ。
という気持ちになれて、ちょっとふっきれた。
でもまあ、いくら何でもできすぎ、世の中こんなに
うまくいくわけないわさ、と思ったり。とはいえ、物語とは、
人を鼓舞する役割もあるわけで、人に生きる希望を
持たせるためには、そうせざるおえないのでは、と
思いつつ、いやいや、それはやっぱりまた、
そんな努力が足りない自分への言い訳にすぎないのだ、
と思い直してみたり、など。
(正直、なにをどうすれば売れるかの法則がわかっていれば
苦労はせんよ。こっちはミニスカートはかせた女の子を出せば
視聴率があがるテレビ番組みたいな事はできないのだよ。)
まあ私が、日常生活に支障をきたさない程度に、ほどほどに
趣味に没頭しないようにできればいいだけの話なんですけどね。
はやく作り終えて自由になりたい、はやく録り貯めたアニメを
消化したい、本も読みたい、色々やることたまってる、
それをやるためには、まずは目の前のこれをかたつけないと、
と思うから、つい、全てを犠牲にしてそればかり
やってしまうのです。
それが、まさか、こんなに時間がかかることになるとは...トホホ
渇き。 ― 2015年05月24日 09:36
WOWOWで放送されたのをみた。
中島監督はとにかく、どんな映画もスタイリッシュに撮る
ことしかできない、優れた監督さんである。
映画は全編、エロと暴力で溢れている。エロい。
怖いところは一部目をつむってしまったが、
それほどグロではない。そういうふうには撮っていない。
衝撃的な方向にエロい。
シーンの切り替わりが速くて、スタイリッシュすぎて
内容に追いつけない部分があって、ネットで検索して
ようやくなるほど、そういうことだったのかー、と
気がつくことがいくつかある。
というか、「いじめられっこのボク」と松永がすっかり
同じ人だと思ってて、混乱したんだよねー。
プールでいじめられてる「ボク」が出てきたとき
「あれっ、この子は仮面ライダー鎧武に出ていた
ミッチーかな?いや、ちょっと違うような」と思った
わけですが、そのミッチー役だった人が松永を演じて
いたわけです。だから私はすっかり、ああ3年前、
いじめられてたあの子が、後にグレて手のつけられない
不良に育ってしまうのね、と、最後の最後まで、それこそ
ネット検索して配役を確認するまで思ってました。
そうだとすると、どうしても辻褄があわない、というか、
あれっ、さっき死んでなかったっけ?また死ぬの?
というかこれは過去の話だから過去に既に死んでいたの??
というかもしかしてこれ、夢?つか、どっちが夢???
といった点がどうにもわからなくてネット検索に至った
わけですが、なんのことはない、似た顔の人が二人いたのか。
でもたぶんこれ、意図的にやっているよね。
わかってて似た雰囲気の役者を使い、そしてわざと
いじめられている子の名前を伏せた。
小説では名前がついているというのに、映画ではあえて伏せた。
でもこの役者さんには魅入られる。
清水 尋也。wikipediaによるとまだ15歳なのか。
15歳?!ということは上映された時は14歳?!
リアル中二生だったのか!!はわわー
ちなみに松永役(鎧武のミッチー)は高杉真宙。
中島監督はとにかく、どんな映画もスタイリッシュに撮る
ことしかできない、優れた監督さんである。
映画は全編、エロと暴力で溢れている。エロい。
怖いところは一部目をつむってしまったが、
それほどグロではない。そういうふうには撮っていない。
衝撃的な方向にエロい。
シーンの切り替わりが速くて、スタイリッシュすぎて
内容に追いつけない部分があって、ネットで検索して
ようやくなるほど、そういうことだったのかー、と
気がつくことがいくつかある。
というか、「いじめられっこのボク」と松永がすっかり
同じ人だと思ってて、混乱したんだよねー。
プールでいじめられてる「ボク」が出てきたとき
「あれっ、この子は仮面ライダー鎧武に出ていた
ミッチーかな?いや、ちょっと違うような」と思った
わけですが、そのミッチー役だった人が松永を演じて
いたわけです。だから私はすっかり、ああ3年前、
いじめられてたあの子が、後にグレて手のつけられない
不良に育ってしまうのね、と、最後の最後まで、それこそ
ネット検索して配役を確認するまで思ってました。
そうだとすると、どうしても辻褄があわない、というか、
あれっ、さっき死んでなかったっけ?また死ぬの?
というかこれは過去の話だから過去に既に死んでいたの??
というかもしかしてこれ、夢?つか、どっちが夢???
といった点がどうにもわからなくてネット検索に至った
わけですが、なんのことはない、似た顔の人が二人いたのか。
でもたぶんこれ、意図的にやっているよね。
わかってて似た雰囲気の役者を使い、そしてわざと
いじめられている子の名前を伏せた。
小説では名前がついているというのに、映画ではあえて伏せた。
でもこの役者さんには魅入られる。
清水 尋也。wikipediaによるとまだ15歳なのか。
15歳?!ということは上映された時は14歳?!
リアル中二生だったのか!!はわわー
ちなみに松永役(鎧武のミッチー)は高杉真宙。

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